10 years later…

【  ・  ・  ・  ・  】

 

「ただいまー。」

 時計の針が午後六時半を少し回った頃、藤吉家にそんな少年の声が響いてきた。

「あ、剛クン。」

 その声を聞いた寧々は、手にかけていた本をポンと机に放り出して部屋を出た。丁度そこでは、剛が自分の部屋の中に入っていく所であった。

「おかえり、剛クン。」

「ん?あぁ……。」

「大変だね、遅くまで。練習?」

「あぁ、まぁね。」

 どことなく無愛想な言い方でそう返すと、剛は部屋の中に入っていった。

「あぁ、剛クン。」

 寧々は、剛の後を追って部屋の中に入った。

「何?」

 剛は、手に持った鞄と水泳用バッグを机の上に置いて、寧々の方を向いたまま椅子に腰掛けた。

「う、うん。ちょっと……。」

 そう言うと、寧々は剛のベッドの上に腰掛けた。

(さて、どう話そうかな…?)

 思案に暮れた寧々は、その視線を剛の方に向けた。剛は鞄を開いて、今日の分の教材を引っ張り出し、丁寧に本棚に並べている。こんな所で、剛は妙に几帳面であった。

 寧々は、改めて剛を見てみた。なるほど、確かに双子なだけあって、目元、口元、それに髪型に、どことなく似たような感じを受ける部分もある。子供の頃は本当にそっくりで、どっちがどっちかも見分けがつかないほどであった。だが、さすがにこの年齢になると、違いも際立ってくるようになった。剛は、背はそんなに高くはなかったが、水泳部で鍛えられた体はキリッと引き締まっており、顔つきも、幼い少年らしさの中に、多少精悍さが加わった感じで、双子の兄妹であるはずの寧々から見ても、ナカナカにカッコイイと思えるほどであった。

(なるほど。これじゃ美衣ちゃんも惚れ込んじゃうね。)

等と、妙に納得してしまう寧々であった。

「で、何だよ。」

「あ、ううん。ちょっと今日、美衣ちゃんと昔の話をしてて……。」

「あぁ、そういえば寧々と同じクラスだったっけ。」

「うん。小学校の四年生以来かなぁ…。美衣ちゃんも、随分変わっちゃったけど……。」

「言われてみるとそうだなぁ。」

(やった、乗ってきた。)

 とりあえず振ってみた話題に、まんまと剛が乗ってきた。寧々にしてみると、まさに“してやったり“といったところだった。

「昔はあんなに積極的だったのにね。『剛ク〜ン、ちゅーしょっとしよ〜』とか言って。剛クン、すご〜く嫌がってたよねぇ〜。」

「イ、イヤなこと思い出させるなよ。」

 一瞬、剛の頬が赤らんだ。寧々は、そんな瞬間を見逃さなかった。

「そういや、いつから『ちゅーしょっと』って言わなくなったんだっけか?」

「し、知るかよ!小学校の高学年ごろにはもう止めてたんじゃないか?」

「そうかぁ、麻衣ちゃんが転校しちゃってからだもんね。『あいまいみい』も自然消滅しちゃったし。確か、三年生のころじゃなかったっけ?」

「そ、そうか。そんなもんだったっけか。」

「じゃぁ、もう五年経つんだぁ。寂しいよねぇ。」

 寧々は、意味深な笑顔で剛の顔を覗き込んだ。

「な、何でオレが……。」

 剛は、頬を赤らめたままプイと横を向いてしまった。

「あ、赤くなってる。剛クン、嫌がっているようで、実は結構まんざらでもなかったとか?」

「バ、バカ!何言ってんだよ!」

 剛の顔が、一瞬にして真っ赤になった。

(チャンス!)

 そう考えた寧々は、一気にたたみかけていった。

「もう、そうならそうって言ってくれればいいのに。何なら、私から美衣ちゃんに話して上げてもいいよ。『剛クン、寂しがってたよ。たまにはちゅーしょっとしてあげなよ』って。」

「や、止めてくれよ…!」

「美衣ちゃんじゃ、イヤ?」

「そ、そんなんじゃないけど……。」

 ちょっと口篭もった剛の口調に、寧々は、ある予感を感じ取っていた。

(これって…?)

「じゃぁいいじゃない。きっと、美衣ちゃんも喜ぶよ〜。」

「そ、そんなことあるわけ無いだろ!」

「え?何で?」

「だって…、向こうからオレのこと避けるだろうし……。」

「避けられてるの?」

「だって、『あいまいみい』じゃなくなったら、オレの方なんか向いてくれなくなったし……。ただ単に、三人つるんでオレをからかってただけだろ。」

 口ではそう話している剛の顔に一瞬だけ表れた陰りに、寧々は気付いていた。

「ふ〜ん…、やっぱり剛クン寂しいんだぁ〜……。」

「バカ!そんなんじゃねーって!」

 口ではそう言いつつも、剛の顔は赤みを増し、もう耳まで真っ赤であった。

「もう、用が無いなら出ていってくれよ!」

 剛は、イラつたような声でそう怒鳴った。

「はいはい、素直じゃないんだからぁ〜…。」

 そんな剛のイライラを、しかし寧々はあっさりと受け流し、ニヤニヤとした笑顔でそのまま腰を上げた。ふと剛を見ると、まだ微妙に顔を赤らめたまま、だが、すこし寂しそうな表情で机に向かっていた。その時、先ほど寧々の感じた予感は、ある種の確信へと変わっていた。

(そうかぁ…。剛クンも美衣ちゃんを……。)

 

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