「さーってと…。」
寧々は数学の教科書をパタンと閉じ、大きく伸びをした。外は、すっかり暗くなっていた。明日の授業の準備を一通りし終わった寧々は、そのままベッドにパタリと仰向けに転がった。
(さて、どうしようかな……?)
寧々は、今日のことを整理してみた。
(美衣ちゃんは間違いなく剛クンが好き。剛クンも、多分……。)
ココが、もう一つハッキリとしない部分だった。
(でも、剛クンのあの感じだと、多分そうだと思うけどなぁ……。)
果たして、自分が動くべきなのかどうか。下手に動いて、剛と美衣の間がギクシャクしてしまわないだろうか。もしそうなったとしたら、自分はどうすればいいんだろう……?
そんな堂々巡りが、寧々の頭の中を支配してしまっていた。
寧々は、フト、この十年のことを思い出していた。
十年前、保育園に通ってた頃の仲間は、今は結構離れ離れになってしまっていた。
パニっ君こと羽仁君也は、親の意向で、私立の小学校に通うようになって以来、すっかり疎遠になってしまった。
源ちゃんは、関西の実家の方に帰ってしまって以来、音沙汰が無い。
亜衣、麻衣、美衣の「あいまいみい」トリオは、小学校でもずっと仲良しだったが、三年生の時に麻衣が引越し、亜衣と美衣も別々のクラスになって、そのまま自然消滅してしまった。
結局、寧々の周りに残ったのは、剛と美衣、それに太一だけだった。
(太一クン……。)
美衣と剛の事を考えていくうちに寧々がたどり着いたのは、太一の事であった。
(ずっと一緒だったもんね……。太一クン……。)
周りにいた友達が離れ離れになる中で、太一は唯一、保育園、小学校、中学校を通して、ずっと同じクラスだった。もともと保育園の頃から一緒に遊ぶほど仲の良かった二人が、時が経ち、思春期を迎る頃には、互いに心を寄せ合うようになっていったのは、むしろ極めて当然の事であったということができるだろう。寧々にとって、太一は“ずっと側にいてくれる”存在であり、“側にいるのが当たり前”な存在でもあった。クラスが変わり、周りの友人達が変わっていっても、太一だけは唯一変わらない存在だった。寧々はそんな太一を頼り、そして、太一も寧々を頼ってきた。
中学に入る頃には、二人の仲は、すでに公認のものとなっていた。
中学校に入りたての頃の寧々は、母親譲りのスレンダーな肢体と、少女らしい大きな瞳、それに面倒見の良い性格で、すでに男子生徒たちの耳目を集める存在であった。だが、寧々の側にはいつも太一がいたし、寧々もまた、ずっと太一の側にいた。これを快く思わない一部の男子生徒は、当然のごとく太一に対して、いじめまがいの嫌がらせを繰り返したのだが、生来マイペースな性格の太一はそんな彼らの嫌がらせを全く気に留める様子も無く、遂には、彼らのほうが根負けしてしまい、以来、太一に対する嫌がらせはスッカリ影をひそめてしまった。するとどうだろう。今度は、そんな太一の、物事に動じない“大きさ”と、時折見せる意外な人の良さにクラスの人望が集まり始めたのだ。三年生を迎えた今、寧々と共に学級委員に選出されたのも、それと無関係ではない。
(私はどうなんだろ…?太一クンのコト、どう思ってるんだろ……?)
確かに、太一はそれほど格好がいいわけではない。むしろ、プクプクと太って、食い意地も張って、周りの流れには乗らず、どことなく超然とした所もある、いわば“変わり者”であった。寧々も、親しい女友達から
「何で太一クンなの?」
と聞かれたことも、一度や二度ではなかった。
(ホント、どうなんだろ…?わかんなくなっちゃった……。)
寧々は、天窓の方をチラリと見やった。外には、満天の星空が広がっていた。
寧々の部屋は、藤吉家の屋根裏に位置している。剛と別々の部屋になるとき、父親に頼んでこの部屋を貰ったのだ。寧々は、この部屋の天窓から覗く星空が大好きだった。ベッドをそんな天窓沿いに配置したのも、いつでも好きなときに星を見れるようにという思いからであった。
寧々は思い出していた。
十年前、この部屋に住み込んでいた、不思議な少女のことを。
彼女は、星からやってきて、“星力”というフシギな力を使い、寧々たちに素敵な想い出を与えてくれた。寧々がこの部屋を貰ったのも、そんな彼女に憧れていたからであった。寧々の“星好き”も、彼女の影響である。
その少女の名は、コメット……。
(コメットさんなら、こんな時、どうするんだろ……?)
落ち込んだとき。悩んだとき。寧々はコメットのことを思い浮かべる。そうすると、フシギに心が落ち着くのだ。
(コメットさんの言ってた“恋力”って、こんなものなの?それとも、これは別のものなの?)
胸がドキドキとして、体が暖かくなって、甘く、それでいてほろ苦い、でも、フシギと体の中から力が湧いてくる……。かつて、寧々がコメットから聞かされてきた“恋力”とは、そういうものであった。だが、翻って見るに、今、自分が太一へと向ける想いは、それとは全く別の物であった。
「側にいると落ち着く」
「側にいないと、ちょっと寂しい」
…そこに“嬉しい”“苦しい”という、強烈な感情は無かった。
(コレって、ホントに“好き”ってコトなのかなぁ?それとも、単に“ずっと一緒にいた”ってだけなのかなぁ?)
美衣が剛のことを打ち明けた時の真剣な表情を思い浮かべるにつけ、自分自身が太一に向ける想いが“本物”かどうかすらも疑わしくなっていった。
「あー!もう止め止め!!」
そう言って寧々はベッドから飛び起き、頭を2・3回ブルブルと振った。
「今はとりあえず、美衣ちゃんと剛クンの方が先!太一クンのコトは後から考えればいいの!!」
寧々は自分にそう言い聞かせて、再びベッドに潜り込んだ。
「よし。明日……。」
【 1 ・ 2 ・ 3 ・ 4 ・ 5 】