「メテオの一番長い日」 
作/雪山雪男

 ベッドにまどろむメテオの枕元に、クリスマスソングのねっとりとしたメロディーが流れてくる。
(…鬱だわ)
 いまさら寝つくこともできず、起きる気にもなれず、シーツの中でメテオはつぶやく。
「姫さま、お早うございます… もう起きてるんでしょう」
 ムークのお見通しな口ぶりがなおのことメテオの気にさわる。
「鬱なのよ」
「いつまでもベッドに潜っているからです。そんなでは晴れる気持ちも晴れません」
「その脳天気な曲が鬱なのよったら鬱なのよ」
 人の気も知らず神経を逆撫でし、あまつさえ安眠さえ妨害するその曲とムークに抗議して、メテオはシーツの中に
 10センチ、さらに深く静かに潜行する。
「しかし今日はめでたいクリスマスイブですから…」
「今すぐその曲を消すのよ!」
 ゴゴゴゴゴ… 不気味な音をたて怒りのオーラがベッドのシーツから漏れ出てくる。
「おおっ!?」
「さもなくば!」
 遂にガバッとはねおきるメテオ。
「…ん!?」
 メテオは驚いて部屋を見回した。
「なにこれ」
 見慣れた自分の寝室はいつの間にか白く模様替えされていた。そして壁に飾られた金銀のモール。
 雪かと間違えて素足をひっこめそうになる純白のカーペット。どうやって持ち込んだのかメテオの背丈よりも高い
 クリスマスツリーは明滅するランプに彩られていた。
「あらためて。メリークリスマス、姫さま」
 そしてムークはといえばサンタのつけひげをつけてお祭り気分だ。
「悪趣味ね、ムーク」
 怒りの矛先を向ける場所がなくなって、メテオはツリーの頂上にきらめく星国の紋章をいまいましげににらみつけた。
「ムーク、ここはどこなの」
「はあ… 地球です」
「違うわ、日本よ」
 ティーカップにとぷとぷとムークが注ぐ紅茶のほのかな香りと白い湯気に誘われ、メテオはテーブルにつく。
「イギリスでもアメリカでもイスラエルでもないこの国で、なんで二千年も前に生まれた一人の男の誕生日を
 祝わなきゃいけないのってことよ」
 口をつけたら切れそうにさえ思える薄い純白のティーカップ。
 ムークのいれた完璧な紅茶。ムークの演出した完璧なイブ。王女に相応しい朝。
「よいではありませんか。理由はどうあれ皆が幸せな気分になれるなら」
「わたくしは幸せの押し売りなんてまっぴらごめんなの」
 ガチャリとわざと音をたててカップを置くと、メテオは窓辺に歩み寄った。
「いいことムーク、幸せなんてものは…」
 自分の手で掴みとるものなのよったらものなのよ。
 そう言いかけた言葉を、けれどメテオはかみ殺し、黙ってレースのカーテンを開けた。
 なだらかな山並みと低くたれこめた雲にはさまれた、小さな空。
 そんな天気に自分の気持ちを重ね、メテオは心の中でつぶやく。
 だけど、消えてしまった幸せは、どうやって掴みとればいいの?
 どうやら今日も長い一日になりそうだと、メテオは思った。

 こちらもツリーをはじめ部屋いっぱいのクリスマスデコレーションに彩られた藤吉家は、なぜか
 しんと静まりかえっていた。
 その静まりかえった家の2階から、そっとドアをあけて3人が出てくる。
「ぬきあし」
「さしあし」
「忍び足」
 自分ちの階段をそ〜っと降りていくつよしとねねとコメット。
「ねえコメットさん」
 ギシッ、ギシッと階段の鳴く音に心臓をバクバクさせながら、つよしが尋ねる。
「なんでママにないしょなの」
「だって、ママさん、すごく行きたがってたでしょ」
「だから?」
「私たちだけで行ったって知ったら、すごくうらやましがるんじゃないかな」
「うん」
「そうだね」
「だからそ〜っと行ってきてって、パパがそう言ってた」
 ようやく階段という難関を突破した3人。
「ふたりともここでちょっと待ってて。パパに一声かけてくるから」
 コメットはねねとつないだ手を離し、震源地へと向かう。
「コメットさん、そ〜っとだよ」
「は〜い」
「コソットさん」
「し〜っ」
 壁にはりつくようにしてコメットは寝室までたどり着き、そっとドアを開け中をうかがう。
「はいママ」
「あ〜ん」
「こんなの作ったの久しぶりなんだけど… おいしいかい?」
「ええ、どっでも…」
 慣れない手つきでかいがいしく世話をするパパと、高熱にうるんだ瞳でパパをみつめるママ。
 そんな二人にちょっとみとれてたコメット。
(姫さま、長居は無用だボ)
(そうだった)
 コメットはパパに小さく手をふった。
 気づいたパパが小さく頷き、早く行きなさいと身振りでコメットをせかす。
 しかしコメットが退散するのはちょっとばかり遅すぎた。
「…ゴメッドざん」
 ムクゥ〜ッ。ゾンビのようにママが上半身を起こす。
(見つかっちゃった!)
「ゴメッドざん…」
「は、は〜い…」
「行ぐのね…」
 ざんばら髪のママの瞳がキラリと光る。
「行ぐのね〜っ!?」
「は、はい…」
 さやかママのやつれた顔がにんまりと笑う。
「いいのよ、行っでらっじゃい… だだじ、ごのわだじも〜っ!」
 前のめりになってベッドから起き上がろうとするママをパパが必死に抱きとめる。
「ママは寝てなきゃ駄目だよ!」
「ママ!」
「ママ!」
 つよしとねねも駆け込んでくる。
「ママ、安心して寝てて。つおしくんがママの分までイマシュン見てくるから」
「ねねちゃん、しんきょくおぼえてママに聞かせてあげるから」
「ぞんだのいやあ!」
「今日は一日安静にって、お医者さんにも言われてるだろ」
「そうです。2、3日でよくなるって」
「にざんにぢじゃ、だめなのよ。ぎょうじゃないど、だめなのよぉ!」
「さあ、コメットさん今のうちに!」
そんなママを押さえ込み、パパが必死の形相で叫ぶ。
「は、はい。じゃ、行ってきます。つよしくん、ねねちゃん!」
「わだじもづれでっで〜」
「コメットさん早く!」
 ポルターガイストのような地獄絵図の中、コメットはつよしとねねをひきつれて必死の思いで部屋を出ていった。
「ジュンざ〜〜〜ん!!!」
 ママの絶叫が 鎌倉山の空にこだました…

「ふう、ふう…」
 家から下る坂道まで、なんとかおちのびたコメット。
「コメットさん、コメットさん」
「痛いよ」
 いつのまにか、つよしとねねを両脇にギュギュっと抱えて走ってたコメットだった。
「あ、ごめんごめん」
「コメットさん、力持ち」
「火事場の星力だボ」
「あは、そうかも」
 ようやく一息ついたコメットたちだった。
「じゃあ、行こう」
「うん、行こう」
「コメットさん、チケット持った?」
「うん、ちゃあんとここに…」
 コメットはポケットの中のチケットを取り出した。
「…ママのぶん、一枚あまっちゃったね」
「もったいないね」
「どうしよう」
「う〜ん…」
 コメットは空を見上げて思案にくれた。

「で、これを我が姫さまにと!?」
「うん」
 風岡家の玄関前、応対に出たムークにコメットはチケットを差し出した。
「もし、メテオさんチケットもってなかったら、これどうぞって思って」
「あいや、せっかくですが…」
 ムークはメモ帳を取り出し、見るまでもない予定表をパラパラめくる。
「我が姫さまはそのようなコンサートに行く予定はございません」
「ほらねだボ」
 ラバボーがやっぱりという顔をして言う。
「だから言ったんだボ。メテオさまは一番いい席を手に入れていまごろはとっくに… ええっ!?」
「ええ〜〜っ!?」
 コメットとつよしとねねとラバボーの驚く声が響きわたった。
「メテオさん、行かないの!?」
「コンサートだよ?」
「イマシュンだよ?」
 ムークは落ちつきはらって、むしろ嬉しそうに答えた。
「左様です。このムーク、そのような話はいっさい聞いてはおりません」
「メテオさん、コンサートのこと知らないんじゃないのかな?」
「うん、教えてあげよう」
 つよしとねねの言葉にコメットも頷く。
「ねえムークさん、メテオさんに会わせて」
「コメットさま。このムークめの言葉が信用できないと?」
「そうじゃないけど… とにかく一度メテオさんに」
「あ〜らあらあら」
 そこへバタンと玄関の扉をあけて、メテオが現れた。
「みんな集まって、いったい何の騒ぎかしらったら騒ぎかしら?」
「あ、メテオさん」
 言いかけたコメットをさえぎるように、
「コンサート、ですって」
 メテオはコメットの手にしたチケットを眺めて言った。
「イマシュン? ああ、そんな人もいたわね」
 メテオの言葉に一同は凍りついた。
「まあ、ヒマをもてあましてるコメットにはちょうどいい余興ね」
 メテオはコメットをせせら笑うようにして続けた。
「確かに彼の歌には輝きがあるわ。でも輝きをもった者は彼だけではないはずよ。わたくしやあなたが
 なんのためにこの地球に戻ってきたか」
 まるで自分に言い聞かせるように、メテオは言った。
「コメット、あなたもう一度よく考えてみてはどう? もっとも、そんなことじゃトライアングル星雲の
 頂点に立つのは誰なのか、もう決まったようなものだわね。ほーっほっほっほっ!」
 そううそぶいて、さっさと家に戻ろうとするメテオ。
「そんなふうに言わないで。つよしくんも、ねねちゃんも、みんなメテオさんのためにって…」
「それが余計なことなのよ!」
 コメットのまっすぐな言葉が耳に痛くて、メテオは思わず叫んでいた。
 騒ぎに気づいて留子も顔を出す。
「どうしたの、メテオちゃん」
「…なんでもないわ。ただの押し売りよ」
 そう言い捨ててメテオは入れ違いに家の中にひっこんだ。
「メテオさんひどい!」
「もう誘ってやんない!」
 つよしとねねはふたりしてドアの向こうのメテオに「イーッ」と嫌な顔してみせる。
「まあまあ。うちのメテオちゃんが、いったい…」
 困った顔で留子はコメットの顔をみる。
 コメットは苦笑するしかなかった。

「姫さま!」
 部屋に戻ったムークはメテオに擦り寄らんばかり。
「よくぞ申してくれました。胸のすく思いとはこの事。このムークめは、ムークめは…」
「お前を喜ばすのがこんな簡単なことだとは知らなかったわ」
 そういうメテオはちっとも喜ばしくなさそうだった。
「メテオちゃん」
 あわててティンクルスターにひっこむムークと入れ違いに留子が入ってくる。
「コメットさん、帰ったわよ」
「そう」
 心配そうな留子の顔を見てメテオは言った。
「いいのよ。これはわたくしとコメット、ふたりの問題なんだから… それより、お母さま」
 そしてメテオは信じられない事を言った。
「わたくし、今日は家事の手伝いがしたいの」

 風岡家のリビングは、イブといっても普段と変わらない静けさだった。
「どうしたんだいメテオは」
「だから言ったじゃありませんか。今日は家のことをお手伝いしてくれるって」
 幸治郎と留子は、かえって落ちつかない。
「洗濯の手伝いをしたって?」
「部屋の掃除までしてくれましたよ」
「それで今は台所であと片付けかい」
「ええ」
「ふむ」
 心配そうに幸治郎がつぶやく。
「わしが言いたいのは、メテオは熱でもあるんじゃないかってことだよ」
「ほほほ、大丈夫よメテオちゃんは」
 留子は動じる様子もない。
「メテオちゃんなら元気よ。すぐにわかるわ」
 留子の言いおわるが早いか、台所からメテオの悲鳴と、それに続くパリンという音が聞こえてくる。
「ほら、はじまった」
「本当だ」
 ふたりは安心し、幸治郎はレコードをかけ、留子が聞き入る。
 それにまけじと台所からはメテオのアリアと大皿小皿の大合奏。
「やっぱり家に女の子がひとりいると」
「はなやぎますねえ」
 番茶の湯気のくゆる中、幸治郎は新聞をひろげ、留子は編み物をはじめた。
 アリアはますますフォルテシモ。
「でもそろそろ終わるね」
「物事にはすべて、終わりがありますものね」
 しかし夫婦の期待は裏切られアンコールがはじまった。メテオの金切り声とドンガラグワッシャンという
 クレッシェンドしっぱなしの威勢のいい音がコンサートホールと化した台所から響いてくる。
「ねえあなた」
「なんだね」
「新聞、逆さまですよ」
 幸治郎は目を丸くした。
「ほんとだ。でもおまえ」
「なんです」
「おまえも編み針がさかさまだよ」
 二人は顔を見合わせて苦笑した。
「私、見に行ってきますね」
「そうしておくれ」
 留子が向かった、かつて台所と呼ばれた古戦場はつわものどもの夢の跡。そして呆然として
 座り込むメテオの姿があった。
「メテオちゃん、怪我はない?」
 メテオは黙ってうなずく。
 留子はほっとして微笑んだ。
「あとかたづけ、全部終わったわよ」
 メテオの言葉どおり、たしかに終わった。いろんな意味で。
「次は…」
 顔をあげてメテオは言った。
「次は何すればいいの」
「もういいのよ」
 留子は首を振った。
「なにかしたいの」
 メテオは泣きつくように言った。
「なにかしていたいの。でないと、気が紛れないのよ」
「メテオちゃん」
 詳しいことは知らない。でも、留子にはわかる。
「我慢したのね」
 うつむくメテオがかすかに頷いたようにみえた。
「いっぱい我慢したのね」
「……」
「えらいわねメテオちゃん。でも、知ってたかしら?」
 寄り添う留子に、メテオがそっと顔をあげる。
「あんまり我慢しすぎて、泣くことまで我慢しちゃうとね。人は、笑うことまで忘れてしまうの」
「ほんと?」
 小さい子供のように訊ねるメテオに、留子はうん、と頷く。
「だからね」
 そう言って留子は懐からチケットを取り出した。
 まるで魔法を見てるようなメテオに留子は言った。
「コメットさんから預かったの」
 そして留子は笑顔で言った。
「行ってきなさい」

 夕闇の迫った野外ホールは満員の熱気に包まれ、舞台はただ主役の登場を待つばかり。
 ファンの興奮はピークに達していた。
「イマシュン、イマシュン!」
 悲鳴にも似た声援が瞬を呼ぶ。
「来ないね」
「来ないね」
 つよしとねねは待ちくたびれた様子で傍らのコメットを見上げる。
「うん…」
 そしてコメットは隣にポツンと空いた席を見つめる。
「…来ないね」

その頃、瞬はスタッフやバンドのメンバーに見守られ、ぐったりとソファに横たわっていた。
「だから、たいしたことないって」
 毛布にくるまり、瞬は弱々しい笑みを浮かべる。
「声も問題ないし、ちょっと熱があるだけだよ」
「39度の熱が、ちょっとなわけないだろ」
 黒岩が握る瞬の手が悪寒に震えている。
「…すまん」
 思えば今まで倒れなかったのが不思議なくらいの強行軍だった。いつも瞬の笑顔に支えられ、
 無茶を可能にしてきた。黒岩は今さらながら後悔の念にかられていた。今までこいつを支えてる
 ふりをして、こいつに甘えていたなんて。
 黒岩は厳しい表情でスタッフを振り向いた。
「中止にしよう」
 瞬は目をふせた。
「無理だ!」
 スタッフのひとりが声を荒らげる。
「無理は承知だ」
 黒岩のひとことに皆、黙り込んだ。このコンサートの成功を何より願っていたのは
 他の誰でもない、黒岩本人なのだ。
「俺が全ての責任をとる。社長には俺から話す」
 言葉の重みをかみしめ、黒岩は一同をみつめた。その表情でスタッフも彼の覚悟を知った。
 黒岩は表情を和らげ、瞬をみつめた。
「この際だ。お前はゆっくり休め」
 けれど瞬は話を聞いているのかいないのか、黒岩から視線をそらせたままだ。
 バックコーラスの一人がおずおずと、水と風邪薬を差し出した。
 黒岩はそれを受け取り、瞬に勧めた。
 瞬は首をふった。
「俺には別の薬があるから」
 そう言ってドアのむこうに目をやった。
 言われて黒岩たちも振り向いた。
 外からかすかに歓声が聞こえてくる。瞬を呼ぶ声援が。
「あれが俺の元気の薬だから」
「瞬!?」
 ギターを手にして瞬が立ちあがる。
「俺の歌を待っててくれる人がいる。だから…」
 静かに笑みを浮かべるその瞳は決意に満ちていた。
 バンドのメンバーはただ黙って、煙草を灰皿に押しつけ、空の紙コップを握りつぶし、立ち上がった。
 瞬と目と目を交わす一瞬。それで十分だった。
「行こうか」
 いつものように瞬は言った。
 立ち尽くす黒岩の前を彼らが、そして瞬が通りすぎていく。
「瞬」
 それでも黒岩は、瞬に言わずにいられなかった。
「今夜の天気、予想は雨。それも段々悪くなる… もしも雨がひどくなったら、それを理由にできる」
 瞬の身体がビクンと揺れた。
「その時はそうするつもりだ」
 瞬は黙って部屋を出た。
 バタン、と冷たい音をたててドアが閉まる。
「…ありがとう、黒岩さん」
 ああ言うしかなかった黒岩。そして、こうするしかない自分。
 …今は悩むのはよそう。ここから先はもう、俺たちの領域なんだ。
 廊下の向こうから、はちきれんばかりの歓声が瞬を呼ぶ。
 瞬は顔を上げ、大きく息を吸った。

 その瞬間、会場の緊張の糸がはじけた。
「シュン! シュン! シュン!!」
 彼の名の連呼が滝のようにうなり、会場をゆるがした。
 思わず立ち上がったファンたちの瞳は喜びに輝いていた。そしてつよしとねねも。
「イマシュン!」
「イマシュン!」
 立ち上がって叫ぶ二人につられてコメットも笑顔をみせる。
 その時、気配を感じてコメットは傍らの席を振り向いた。
「メテオさん!」
 コメットの言葉につよしとねねも振り向いた。
「メテオさん、かっこいー」
「とってもきれい」
 さっきの「イーッ」も忘れてふたりはメテオにみとれた。
 いつかのクリスマスの時のよそいきの服に身を包んだメテオが立っていた。
「あの、コメット」
「?」
「今日はチケットをくれて、その、あ、ありが…」
 しどろもどろのメテオに、コメットはにっこり微笑むと、舞台に向き直って、
「シュンさ〜ん!」
 子供のように大声で叫んだ。
(コメットったら)
 メテオは久々にうきうきしてる自分を感じた。そして大きく息を吸って思い切り叫んだ。
「シュンさまぁ〜〜っ!!」
 思わず耳をおさえるコメットたち。
「これでこそメテオさまだボ」
「だね」
 そのメテオの絶叫さえかすむほど、広い会場におさまりきれない熱気が渦巻く。
 そしてその熱気の中心にいるのは、もちろん瞬。
「じゃ、次の曲いくよ!」
 眩しいスポットライトをあびて瞬の汗がきらめく。
「おおっ!?」
 ラバボーは自分のしっぽの輝きセンサーを見て驚きの声をあげた。
「今日のイマシュンの輝き、すごいボ。いつもよりもっともっとビッカビカだボ。ほらほら姫さま」
「そんなの、言われなくたってわかってるよ」
「そうなのよったらそうなのよ!」
 会場の誰もが瞬の輝きを感じていた。舞台袖で見守る黒岩も。
「今日は舞台が狭く感じる… いや、瞬がいつもより大きくみえる」
 さっきまでの、熱に震え弱々しい瞬とは別人の瞬がそこにいた。
 今は黒岩もただ、コンサートが終わるまで雨の降らないことを祈っていた。
「今日のこの特別な日に俺のコンサートにきてくれて、本当にありがとう」
 上気した顔の瞬が語りかける。
「そんな感謝の気持ちをこめて、俺からみんなにプレゼントを贈ります」
 声援がそれにこたえる。
「さあ、みんな手を出して」
 みんな、とまどいながら手を差し出す。
「その手を隣の人とつないで」
 つよしとねね、ねねとコメットは喜んで手をつなぐ。
「メテオさん」
「…ん」
 メテオからコメットに、ためらいがちに差し出したその手をコメットがギュギュっと握りしめる。
「これが俺からみんなへのプレゼント。気に入ってくれたかな?」
「は〜い!」
 そして瞬がギターをつまびく「きよしこの夜」。ギターの音に合わせて、瞬の歌に合わせてみんなが歌う。
 コメットも、つよしもねねも、そしてメテオも。
 微笑みかけるコメット。照れて視線をそらすメテオ。聖夜が過ぎていく。
 そして…
 最後の曲を歌いきった瞬は、会場の途切れることのない大歓声に包まれた。
 瞬はファンに大きく手を振り、一層大きくなった歓声の中にこやかに舞台を降りる。
 待ちかねていた黒岩に瞬は笑顔で応える。
「ありがとう、黒岩さん…」
 瞬は安心しきった表情で目を閉じた。ふっ、と瞬の身体の力が抜けた。
「瞬!!」
 舞台袖のその異変に気づいた観客は誰もいなかった。ただ一人をのぞいて。
「シュンさま!」
 思わず立ち上がったメテオの悲痛な叫びは、けれど圧倒的な歓声とアンコールの声にかき消されていた…

後編へ・・・