その2 <サーキットの女神達>

 予選1回目の歓喜に包まれていたチームブレンのスタッフは、マシンのモニター担当
である森川の父親に降りかかった突然の不幸によって一気に沈んだ物になっていた。
 進藤は「代わりはいる」とは見栄を切った物の、肝心の代役がいない事には2回目の
予選を戦えないでいた。予選終了からすでに2時間が経過し、これから1時間の間に
代わりとなるエンジニアを急いで見つけなければならなかった。
「どうするんだ?良ちゃん・・・。」
 マネージャーが心配そうな顔で進藤を見た。その間にサーキット上では、スーパー
カートと呼ばれるカテゴリーのレーシングカートの決勝戦が行われている最中であった。
「今考えている所だ・・・。」
 物思いにふけるように進藤は、ピットのGT−Rを見つめていた。翔一と真名はグラ
ンドスタンド裏で行われているイベントに出ているため、現在パドックにはいなかった。
「そう言っていて、もう2時間だぞ?このままだとリタイアは確実だぞ?!」
 すでに2時間近く、進藤とマネージャーの口論は続いていた。勿論、2時間の間に
進藤はあてを探してパドックを回ってはいたが、代わりのあては無いに等しかった。
金曜日の練習走行でマシンをクラッシュさせたチームがあった事を思い出して、その
チームのガレージに行っては見たが、すでにそのチームはスタッフ共々サーキットを
後にした直後であった。
「何だか、気まずい様子だボ・・・。」
 不安げな顔をしながら壁にもたれ掛かっているコメットに、ラバボーが言った。
「つおし君寂しい・・・。」
「ねねちゃんも・・・。」
 剛とねねの双子も、つまら無さそうな顔でしょげていた。
「どうしたらいいんだろう・・・。」
 コメットも進藤と同じように、パドック中を回りながらどうしたらいいか考えていた。
だが、これと言って名案は浮かばないでいた。
「コメットさん・・・、星力で何とかならないの・・・?」
 剛が困った顔でコメットを見た。
「星力で・・・?・・・、そうだ!」
 何かが弾けたように、コメットが顔色を変えた。
「コメットさん・・・?」
「コマッタさんの進藤おじちゃんを助けられるの?」
 剛とねねが顔を上げる。それを見てコメットは頷いた。
「ちょっと待っててね、ススって行って来るから・・・。」
 そう言うとコメットは、ピット前に停めてあるチームブレンのモーターホームに
駆け込んだ。コメットは入り口のドアをそっと閉めると、中に誰もいない事を確認して
右手を上にかざした。すると、右手の空間がきらめく星のような輝きに包まれ、その中
から先端が星型とダイヤモンド型になっているバトンが実体化した。
「ヌイビトさんたち・・・。お願い、力を貸して!」
 コメットはバトンの星型の方を前に向かってかざすとそう言った。すると、バトンの
中から赤、青、緑のメイド服を着た小さな妖精のような小人が飛び出して来た。
「姫様、お呼びですの?」
 3人の妖精達は一斉にコメットに向かって言う。コメットは、自分が「ヌイビト」
と呼んだ妖精達に向かって頷いた。
 ハモニカ星国王女であるコメットには、普通の地球人には無い一つの特殊な能力が
あった。
 それは、星々の持つ特別な力、すなわち「星力」を自由に行使できる能力である。
 宇宙に浮かぶ星達は、地球人の学者の理論と違って「星の子」とよばれるホシビトの
子供達が成長し、夜空に浮かぶ星々となるのである。それぞれの星の子達は、それぞれ
の分野に特化した能力を持っており、それが星力の源になっていた。コメットは星の子達
と言葉を交わす能力を身につけており、彼らないし彼女らから「力」を借りる事によって、
地球人には想像もできない様々な奇跡を起こす事が出来るのである。
 今ここにいるヌイビト達も、コメットと言葉を交わす事の出来る星の子達の一人で
あった。ヌイビト達はその名前の通り、様々な服を縫う能力を持ったホシビトである。
彼女達の縫う服には星力が込められており、着るだけで服の職業に合った能力を身につける事
が出来るようになっていた。それに、縫う事の出来る物は服だけに限らず多種多彩で、小さな物は
子供服から、大きな物は身長10mを超える巨大ロボットとレパートリーは豊富であった。
 早速コメットは、ヌイビト達にこれまでの経緯を語った。
「と言う訳なの・・・。だから,チームの人達と同じ服にして・・・。」
「分かりました〜」
 縫い針を持った青いヌイビトが元気よくコメットに返事する。
「外国のF1グランプリってレース、見に行ったんですよ〜」
 続いて待ち針を持った赤いヌイビトが言う。ヌイビト達は地球に来てからという物の、
地球上のあらゆる場所を回って服の勉強をしていたのであった。そのため、自動車レースの
最高峰であるF1を間近で見ていた事もあったのだ。
「ですから姫様も、最高のメカニックになりますよ〜」
 ミシン針を持った緑のヌイビトが自信タップリに言う。
「じゃ、お願い!」
 コメットは両手を大きく広げた。
「分かりました〜、ヌイヌイしますの〜!」
 ヌイビト達はそう言うと、目にも止まらぬ速さでコメットの周りをまとわりつき始めた。

「だから、後1時間どうするんだって言ってるんだ!」
「それを考えている所だって、何度言ったら分かるんだ?!」
 今なお、マネージャーと進藤の口論は続いていた。剛とねねは聞き飽きた様子か、
ただため息をついているばかりであった。チームスタッフも、半ば呆れ顔で二人の男達の
みっともない争いを見ているだけであった。
「すいません・・・。私で良かったら、お手伝いさせていただきますか?」
 進藤とマネージャーの横から、少女のか細い声がした。思わず二人は声の主の方向に顔を向けた。
 するとそこには、チームブレンの制服を着たコメットの姿があった。それを見た進藤と
マネージャーも、チームスタッフも言葉を失った。
「お願いします!私に森川さんの代わりを努めさせて下さい・・・!!」
 コメットは必死の表情で、進藤とマネージャーに頭を下げた。その姿を見てマネージャーは
困った顔をする。
「代わりって言ったって・・・、君はまだ子供だし・・・。」
「心配ありません!パソコンも使えますし、修理ビトさんの知識もありますから・・・!」
 懇願するようにコメットがマネージャーに言う。マネージャーの表情が、更に困ったそれになる。
 すると、マネージャーの横で何かを思いついたように進藤が口を挟んだ。
「元ちゃん・・・、物の試しだ。コメットさんを使ってみよう・・・。」
「良ちゃん、何を言い出すんだ?!」
「進藤さん・・・!」
 マネージャーとチームスタッフは、ビックリした表情で進藤を見た。が、しかし、
進藤の表情は真剣その物であった。
「まぁ、俺のカンって奴だけど・・・。コメットさん、かなり詳しいんじゃないかなって思っただけだ・・・。」
「良ちゃんお得意の第六感って奴か・・・。筑波で翔一君を見つけた時みたいな物だって言うのか・・・?」
「まぁ・・・、そんな所だ。」
 進藤はサラリと答えた。マネージャーも、渋々納得した様子であった。
「分かった・・・、一回だけだぞ。」
「そうと決まったらコメットさん、早速仕事に取りかかってくれ・・・!」
「有り難うございます、進藤さん!マネージャーさん!!」
 コメットの顔に笑顔が戻った。それを見た剛とねねも嬉しそうな顔をする。
「まず、使い方を説明するから良く聞いていてくれ・・・。パソコンの経験があるって言っていたな・・・。」
 進藤はコメットを、森川が座るはずだったモニター席に案内した。GT−Rに向かい合うように
配置された、折り畳み式の椅子とテーブルが組まれた場所で、テーブルの上には防水、対衝撃仕様の
特別製ノートパソコンが乗っかっていた。ここでピットに居ながらにして、レース中のマシンの
細かな状態を逐次チェックできる体制になっていた。余談であるがメーカー直属のワークスチームとも
なると、冷房付きの巨大なモーターホームにモニタールームを設置すると言う大掛かりな事を行っている
例もある。
「まず、画面に映っているのがウチのマシンの概略図だ。ここでは主に、エンジンの
回転数や水温、それに油圧、油温、燃圧、燃料消費率、ターボのブースト圧・・・、
後はコックピットの室温やシフトポジション、前後左右に係るG・・・。いや、重力
と言った所が、主なチェック項目だ。チェック項目は全て、画面の場所をクリックす
れば細かい数値が出てくる仕掛けになっている・・・。」
 12歳の少女であるコメットにも分かりやすいように、進藤が細かくノートパソコンの使い方を
説明していく。コメットは頷きながら、実際にパソコンを使ってみた。
進藤の言うように画面のチェック項目を示すアイコンをクリックしたら、実際その通りに細かな
数字の羅列がコメットの瞳に映し出された。
「今井、エンジンを動かしてくれ!」
 そう言って進藤は今井と呼んだチームスタッフに声をかけた。彼は進藤に言われるまま
GT−Rに乗り込んでエンジンを始動させた。スターター一発で2700ccの
直列6気筒ツインターボエンジンが目を覚まし、ピット内に重低音のエンジン音が響いた。
「エンジン回転数、アイドリング状態で異常無し・・・。エンジン水温、油圧、油温
異常無し・・・。燃圧、ブースト圧正常値・・・。」
 コメットがいきなり専門用語を使った事で、チームスタッフ達は一同揃って面食ら
っていた。マネージャーは口をポカンと開けていた。進藤はコメットの初仕事を見て
思わず口笛を吹いた。
 勿論、コメットの行動は星力の成せる技であった。ヌイビトの縫った服がレーシングエンジニアと、
星の子である修理ビトの力をコメットに貸した結果である。それ故にコメットは、いきなりのぶっつけ本番で
レースエンジニアの仕事をこなす事が出来たのだ。
「こいつはたまげたな・・・。」
 マネージャーは驚いた様子で、コメットの仕事ぶりに関心をしていた。
「な、俺の言った通りだろ・・・?」
 進藤は笑いながらマネージャーに言った。マネージャーも漸く納得した様子であった。
「よし、分かった・・・!コメットさん、今日から二日間我々の仕事を手伝って欲しい。
一応ボランティアって形になるけど・・・、いいかな?」
「喜んで!」
 元気な声でコメットは、マネージャーに返事した。チームスタッフにも、予選1回目の笑顔が
漸く戻って来た様子であった。
「よ〜し、次のヴィッツ予選落ちレースが終わったら、本格的に仕事を始めるぞ!こっちには
勝利の女神が二人いるんだ・・・。みんな気合入れてやれ!」
「押忍っ!!」
 進藤の掛け声と共に、チームブレンは再び一丸となってレースに望む事を決意した。
 その中には勿論、コメットも含めてであった・・・。

 一方パドックの片隅では、コメットとチームブレンの様子をジッと伺う2つの影があった。
「一体コメットったら、何をやっているったら何をやっているのかしら・・・・?!」
「チームの関係者と何やらお仕事をしているようです〜。」
 その二つの影の主は、コメットの故郷であるハモニカ星国の隣国、カスタネット星国の王女
メテオと彼女の従者であるムークであった。
 メテオとムークの二人もまた、コメットと同じようにタンバリン星国の王子探索の為に
地球に来ていたホシビトだった。特にメテオは、コメットに王子を捕られてなる物かと
ライバル意識剥き出しで探索に望んでおり、コメットの行く所には殆ど必ずメテオとムークの姿があった。
それはただ単に、メテオの行動が単純かつ横着なだけと言う見方もある・・・。
「それにしても、な〜んて地味〜な格好なの?あれじゃ王子様の気も引けないじゃないったら引けないじゃないの〜!」
 メテオは人を見下すような口調で独り言を言った。セリフの繰り返しが多いのはメテオの癖らしかった。
「それと、何て所なのここは・・・!変な臭いがプンプンして〜!」
 鼻をつまみながらメテオは、ムークに向かって愚痴をこぼした。勿論その「臭い」と言うのは、
レーシングカーから吐き出されるガソリンの臭いと、タイヤのゴムが焼ける臭いであった。
メテオに取ってサーキットと言うのは未知の世界であって、何も知らない人間、あるいはホシビトが
この場所に来たら、誰もがメテオと同じような言葉を漏らすであろう・・・。
「ですから〜、ここはサーキットでして・・・。」
「ムーク、何とかしなさいったら何とかしなさい!!」
「そう言われても困ります、姫様〜!」
 メテオに鷲掴みにされたムークは、苦しそうな声で反論にならない反論をした。メテオとムークの二人は、
何時でもこのような調子であった。ムークが何かを言うと、それに逆ギレする形でメテオがムークを
サンドバッグ代わりにしていると言う、殆ど漫才みたいな二人の関係であった。
「でもこうなったら、この場所の主役が誰なのかを公衆の面前で見せつけてやるったら見せつけてやるわ!
ムーク、ちょっといらっしゃい・・・!」
 ムークを鷲掴みにしたままメテオは、サーキット事務所も兼ねているコントロールタワーに入って行った。
コントロールタワー入口に入ったメテオはムークを放り投げると、チームブレンのモーターホームで
コメットがしたのと同じように右手を宙にかざした。すると、コメットの時と同じようにバトンが現れた。
メテオのバトンも、基本的にはコメットのバトンと同様の物であったが、彼女のバトンは星型の部分が
コメットの物に比べて鋭く尖っていた。
 メテオもまた、コメット同様星力を使う事の出来るホシビト、すなわち星使いであった。
メテオはカスタネット星国の王女であるだけあって、星使いとしての能力はコメットに匹敵する物があった。
「シュテルン!!」
 メテオがそう掛け声を上げるとバトンの先端がきらめいて星力が放出され、彼女の身体を瞬時に包み込んだ。
 やがて、星力のきらめきが消えると、メテオの服は普段着である夏物のワンピースから別の物に変わっていた。 
「ほーっほっほっほっ♪」
 コントロールタワーから出るや否や、メテオは優越感タップリの笑いでパドックを闊歩していた。
ムークは空を飛びながら、呆れ顔で主人の変身した姿を見ていた。
「レースクイーンはもちろんわたくしですわったらわたくしですわ、ほーっほっほっほっ♪」
 もう自分しか目に入らないのか、メテオの高笑いは更にパワーアップしていた。
 しかしその姿は、周囲からは完全に浮いた物であった。
 メテオの現在のコスチュームは、一般的なレースクイーンのそれというよりは、殆どコスプレに近い物であった。
フリフリのメイド服に大きな鈴のブローチ、大きな鈴はブローチにとどまらず、イヤリングまでもが鈴の形をしていた。
おまけに帽子はネコ耳、手袋とブーツまでもがネコの形で、傍目から見たらネコ耳メイド服の、マニア向けのアニメに
出て来そうな扮装であった。
「姫様〜、周りから完全に浮いてます〜。って、全然聞いてない・・・。」
 ムークは一人ぼやいた。
 するとその時、一人のレース関係者と思われる男が、メテオの腕を掴んだ。
「そこの君、持ち場離れちゃダメじゃないか?!」
 どうやら男はメテオを、自分のチームのレースクイーンと間違えているようであった。様子からして
彼のチームのレースクイーン達は、皆ネコ耳メイド服で統一されているらしかった。
「なんですの、このわたくしに何か言いたい事でも?」
 突然の事にメテオは、怪訝そうな顔で男を睨み付ける。が、その直後、強い力で腕を引っ張られ、そのまま
現在位置から引きずり出されてしまった。
「次のステージあるから、グランドスタンドへ直行だ!いいね?!」
「なっ、何故わたくしがこんな事を・・・!」
「つべこべ言わないで・・・、早く来なさい!」
 有無も言わさずに男はメテオをパドックから引きずり出し、待機している黒いワンボックスカーに乗せようとした。
「ちょっとムーク!はやくついてらっしゃいよ・・・!!」
 メテオがそう喚くや否や、ワンボックスカーのドアがピシャリと閉まり、車はそのままグランドスタンド裏の
イベント会場へと直行し始めた。車の中ではメテオが何やら物凄い形相で喚き散らしている様子だったが、
スモークがかかっているガラス越しなので中の様子は外から見えなかった。
「姫様〜!」
 ムークは全速力でメテオが乗せられたワンボックスカーを追ったが、自転車並の速力しか出せない
ムークの羽では、ワンボックスカーを追いきる事は出来なかった。
「あれ?メテオさんの声がさっきしていなかった・・・?」
 仕事に熱中していたコメットは、メテオの事に気がつかなかったのか不思議そうな顔で剛とねねに尋ねる。
「メテオさん、来てたみたいだよ・・・。」
「ネコさんみたいな格好で歩いていたよ・・・。」
 剛とねねは口々に言う。
「知り合いか?」
 進藤は、ワンボックスカーで連れ出されたメテオの姿を見てコメットに尋ねた。
「はい、ご近所ですので・・・。」
 コメットは進藤に答える。
「お隣さんか・・・。」
「そう、お隣さん。」
「お隣さんだよ〜」
 進藤は剛とねねが言うのを聞いて、納得した様子であった。
「それにしても・・・、ブロッコリーレーシングのコスチュームは思いっきりブッ飛んでるな・・・。
殆どアニメのキャラクターショーだからなぁ〜、連中は。って、俺が言うガラじゃ無いか・・・。
ウチのチームもヒーローショーまがいのイベントをスタンド裏でやっているからなぁ・・・。」
 苦笑いしながら進藤は、頭をポリポリと掻いた。
 進藤の言うように、グランドスタンド裏では様々なイベントが催されていた。
ドライバーのトークショーやレースクイーンの撮影会、改造車の展示やレース関係のグッズの販売、
それにTVの子供番組やアニメのキャラクターがスポンサーになっているチームもある為、この手の
キャラクターショーの類も催しに入っていた。

 そして、この日のメテオはブロッコリーレーシングと言うチームのレースクイーンとして、
グランドスタンド裏のイベントに一日中駆り出されて王子探しとコメットの監視どころではない結果となったのである・・・。

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